ターミネーター3級審判員の反省部屋

パブリックプレッシャーを感じながら今日も走る。サッカー3級審判員の"I'll be back!"な毎日

スローインは足の裏がついていなければならない?

前回の続きで「その④」を書く予定だったのですけど、週末の試合であったことを取り上げます。

 

今年に入って担当している試合のほとんどが1種、2種、3種のローテーション。で、今週末久しぶりに鬼審判部長Kさんの代役で4種の副審を務めました。

 

試合後、一緒に副審を担当したお父さん審判員の方が「このスローインってファウルですよね?」とご質問がありました。試合中私は気が付かなかったのですけど、主審の方と目を合わせながら「これって?」とお互いに思いながらもファウルかどうか確信が持てないのでフラッグアップしなかったとのこと。

 

それはどのような事象かと言えば、スローインの時に「片足がつま先立ちになっている」状態なのです。つまり「足の裏がグラウンドから離れている」状態なのです。面白いですね。これだから4種の審判員ってやめられません。選手も審判員の方も時にこちらの競技規則の理解が「甘い」ところを鋭く突いてくるプレーや質問を投げかけてくれます。今回も「競技規則を確かめてみましょう」とゴマカシながら即答を避けました。もちろん試合中にこの事象を目にしたら絶対反則とはしません。でもその根拠を競技規則の条文に求めるとしたら・・・120%の自信が持てない・・・アマイ!

 

お父さん審判員の方は「足の裏」がグラウンドについていなければならないと理解されていたわけですね。スローインは立って投げなければならない・・・という理解からするとバレリーナーのように爪先立って投げるとは考えられないのも確か。では競技規則です。先々週、届いたばかりの2018/19版から抜粋。

 

スローイン

(中略)

1. 進め方

ボールを入れるとき、スローワーは:

 

●競技のフィールドに面して立って、

●両足ともその一部をタッチライン上またはタッチラインの外のグラウンドにつけ、

● ボールが競技のフィールドを出た地点から、頭の後方から頭上を通して両手を用いて ボールを投げなければならない。

 

ちなみに今回の2018/19版より「立って」という言葉が追記されましたね。座ったり、膝立ちでは反則ということです。でも「膝立ち」だって「立って」んじゃないのという声が出るかも?知れません。なので次に英文の規則を抜粋します。

 

The Throw-in

(中略)

1. Procedure At the moment of delivering the ball, the thrower must

: • stand facing the field of play

•  have part of each foot on the touchline or on the ground outside the touchline

•  throw the ball with both hands from behind and over the head from the point where it left the field of play

 

これで分かるように「足」とは「foot」なんですね。「小学館プログレッシブ英和中辞典第2版」で確認してみるとfootとは「「足(くるぶしから下の部分)」と定義されています。なのでスローインのときに爪先立っていてもOKってことですね。で膝立ちはアウトです。

 

さらについでに書くと:

 

●ボールが味方競技者によって意図的にゴールキーパーにキックされる。

 

といういわゆるバックパスの反則の場合キックとはどのような定義になるか再確認してみましょう。上記の条文の英文は以下の通り。

 

 •it has been deliberately kicked to the goalkeeper by a team-mate

 

でこの場合のキーワードはやはり「kick」です。キックボクシングとかK1とかですと飛び膝蹴りなんて技がありますけどkickの定義を(英英辞典が手元にないので)オンラインのThe Cambridge Dictionaryで確認してみると「to hit someone or something with the foot, or to move the feet and legs suddenly and violently: 」とあります。なのでボールを蹴る場合は「foot」(「leg」ではない)=「足」でということになるので、仮に意図的に脛、膝、太腿で味方競技者がバックパスしてゴールキーパーペナルティエリア内で手を使ってボールを触れても反則にはなりません。脛なんかの場合揉めそうですけど、そもそも「意図的に」脛でボールを蹴ることの難しさを考えるとプレーが意図的なのかどうかの見極めも重要ですね。

 

ということで今週の復習でした。今回の競技規則解釈は広く知られて皆さんすでにご存じだったと思います。でも、今回の重要な学びは「理解しているつもりでも、いざある事象に初めて出会うと戸惑って(時には競技規則の適用を間違って)しまう」ということです。

 

理解➡経験➡再確認のプロセスを繰り返しましょう。

 

では、I'll be back.

 

サッカー審判員にとっての「見る力」~ その③

さて、では具体的なトレーニング方法の説明です。

 

その前に一言。このトレーニングの前提は下記のような独善理論となります。

 

1)人間には見ているのに見えていない画像がある。

2)両眼はカメラのレンズであり画像を見るためにはピントを合わせる必要がある。

3)そして画像を認識するためにはピントと一緒に意識を集中する必要がある。

4)一方である画像にピントと意識を集中するほど、それ以外の画像は見えにくくなる。

5)なのでピントと意識を素早く移動させる必要がある。

 

では、まず「両眼視トレーニング」から。

 

① 親指視点移動

② ブロックストリング

 

上記のふたつの方法は私は元WBA世界スーパーフライ級王者であった飯田覚士さんのムック本「見る力も脳も10歳若返る!! ビジョントレーニング」を読んで知りました。両眼視に問題があった私にはこの二つのトレーニング効果は絶大かつ即効性のあるものでした。私の両眼視は2週間程度のトレーニングで大きく改善されました(別に本の宣伝をしても私には何の得もない)!

 

さて①のトレーニング方法は同書の69ページに掲載されてますので、詳しくはそちらをご参照。簡単に説明すると目の高さで左手の腕を真っすぐ伸ばして親指を立て、その手前に右手の親指を立てたまま置きます。そしてピントをそれぞれの親指の爪の先に合わせることを繰り返すわけです。正しく両眼視出来ていれば左手の親指を見ている時は手前の右手の親指は2本(2重)に見え、手前の親指を見ていると向こう側の左手の親指が2本に見えるというわけです。

 

これは、どこでも手軽にできます(ただし列車の中など公共の場でやっていると「ヘンな人」と思われてしまう可能性大なのでご注意を)。私は最初うまく出来ず(つまりピントが当たっていない方の親指が2本(2重)に見えない。もしくはピントの移動がスムーズにいかない)にいたのですけど繰り返しやっているうちに出来るようになり、すっかりハマってしまいました。

 

さて②も同書に紹介されています。「ブロックストリング」は紐やロープを使って行う両眼視のトレーニングの代表で、同書では20~21ページにイラストで再現されています。やはり、実際に紐などを使ってトレーニングしたほうがやりやすいです。これは紐やロープの一方の先端を固定したまま一直線になるように手で持って、もう一方の先端を両眼の真ん中、ちょうど鼻先に付けます。そして紐にあらかじめピントを合わせる目印として通されたビーズ(通常は手前、真ん中、向こう側の三つ)に両眼の視点を合わせます。正しく両眼視できていれば視点で、つまりビーズの部分を中心として紐はX状に2本となり交差しているように見えます。

 

この「ブロックストリング」のトレーニングを行うと「両目で見るっていうのはこういうことか!」と納得し体感できます。なお、このトレーニングはただの紐でも出来ます。紐にビーズが通っていなくても自分でペンで印をつけたり、印がなくても自分で視点を決めて両眼のピントを手前→向こう側、向こう側→手前、と移動させればOKです。

 

このトレーニングを2週間ほど続けたせいで『 サッカー審判員にとっての「見る力」~ その① 』で書いた私の両眼視の問題が改善され三角形のフレームワーク越しに対象物を見て右目を閉じても対象物はフレームの中に納まっているようになりました。つまり指で使ったフレーム(手前)と対象物(向こう側)の遠近感および位置関係が正しく把握できるようになったわけです。

 

オマケは「ステレオグラム」という3D隠し絵の画像がバンバン見えるようになったことです(以前は何回やっても何分も見続けても見えなかった)。まあ、直接審判員に必要な見る力には関係ないかもしれませんけど・・・(と、いいつつ後で書く「見ることの楽しさ」が増えたことは間違いありません)。

 

 では次に「眼球運動(眼球トレーニング)」です。

以下の三つは私が独自にやっているものです。

 

① 雑踏視点移動

② 車窓外数字探し

③ 徒歩数字探し

 

飯田覚士さんの本でも眼球運動が紹介されています。ペンを使って(自分の親指を使うやり方もあります)眼球を動かすトレーニングです。「目は鍛えられない。なのでどのような強者にとっても最大の急所である」はその昔格闘技をやっていた時に聞いた覚えがありますけど、この時に言われていたのは目というのは眼球そのものですね。ここで鍛えるのは正確には眼球を動かす筋肉となります。ここは鍛えることが出来る訳です。

 

 

でもまあ、そう難しく考えないでまず「眼球を動かす」ということを覚えましょう。よく試合中でもよりよくプレーを監視するためにポジションを変えたり、次の争点を予測するためにボールを持っていない選手以外の動きを確認するために顔を動かすということをやっておりました。しかしこの眼球を動かすことで今見ている画像に中にもいくつか監視ポイントがあることが強く意識づけられます。またただ顔を動かすだけだと「見ているのだけど見ていない」状態になる恐れがあります。眼球を動かす意識を持つことでカメラがピントを合わせるように遠く近く、左右斜めの画像を、そしてここが重要なのですけど具体的な対象物(選手の表情、足の先、手の先、肘、背番号等々)を認識できるようになります。

 

眼球運動の重要性はある程度ご理解いただいたと思いますけど、ペンとか指を使ったトレーニングは単調で飽きるんですね(苦笑)。なので自己流なわけです。

 

まず①「雑踏視点移動」は私の嫌いな人混みの中を歩きながら前方から来る人、前後左右を歩いている人、時には後ろから歩いてくる人、遠くの風景などに瞬間的に視点を移動させるトレーニングです(人にぶつかるなど危険もありますので自己責任で)。このトレーニングのポイントは二つ。一つ目は視点を極端に遠く(例えば500m先の建物の看板の文字とか)から極端に近く(目の前を歩いている人の靴の踵等)に瞬間時に移動させることです。この極遠→極近、極近→極遠を繰り返します。このときしっかりとピントを合わせます。二つ目は認識する力も高めたいので具体的に画像情報を読み取るようにします。例えば看板の文字や数字、靴の色や形等々です。

 

このトレーニングのルールは視点の固定はコンマ数秒(1秒以上にならないように)とするということとと、出来るだけスムーズに歩くです。つまり前方から来る人のコースや動きを察知してなるべく相手の動きを止めたり妨害しないで自分も同じペースで歩けるようにポジションを調整します。これは選手の動きや視界を邪魔しないでフィールドの中で動くことの疑似トレーニングも兼ねているわけです。

 

さて②の「車窓外数字探し」は通勤、通学中に「ヘンな人」と周囲に思われないで何時でも思いついたときに出来るトレーニングです。これはズバリ列車から見える風景の中に出てくるあらゆる数字を見つけるだけのトレーニングです。車のナンバー、看板に書かれた電話番号、交通標識の数字・・・等々です。動体視力も試されるこのトレーニング、例えば車のナンバープレートばかりに気を取られていると例えばマンションの壁面に書かれた大きな数字を見落としたり・・・と見ることの難しさを楽しく知ることができます。これなら危険もありませんしね(数字はただ見るだけではなく、ちゃんと見た数字を心の中で呟いてください。ホントは声に出すと「認識➡行動」の良い訓練になるのですけど・・・ヘンな人になるので・・・)。

 

さて③の「徒歩数字探し」です。これは②を歩きながらやろうってことです。この場合は十分余裕ある状態で行ってください。つまり自転車や自動車とすれちがう、もしくは横切るようなような状況ではこのトレーニングは行わないでください。

 

①や③のトレーニングは危険がともないますのであくまでも自己責任でお願いします。このトレーニングを行うたびに歩きスマホの危険性がよくわかります。視点を一瞬でも移動させることでピントも意識も他の画像からは逸れます。スマホの画面を見ながら歩くなんて・・・アリエナイ~!自転車に乗りながらなんてもう目を閉じて包丁持って歩行者に向かっていくようなものです。絶対お止め下さい。

 

というわけで、ここまでが自己流トレーニングの紹介でした。長くなったのでトレーニングしてから臨んだ試合での実感は次回に。

 

では、I'll be back.

 

 

 

 

 

 

サッカー審判員にとっての「見る力」~ その②

さて「見る力」の鍛え方編です。あくまで私の場合であり、また自己流ということでお読みください。

 

今回の最重要ワードは「視点」です。使い古された言葉なんですけどこの奥深さに今回気付いたのですね。そして判定の上で「視点」の重要性にも気付かされたのです。

 

そしてこの「視点」と対になっているのが「盲点」です。私はいままでこの言葉を「都会の盲点」のように概念的な言葉としてだけ理解しておりました。でも生物学的に「盲点」って存在しているのですね。つまり人間には「見ているのに」そして疾病のせいでなくとも視界の中にある映像の欠落(=盲点)が存在しているってことです。それを教えてくれた記事がこちら → http://www.blog.sannoudaiganka.jp/?p=176

 

これでいくと、よくコーナーキックの時のゴール前の選手の競り合いの監視時に「視点を固定しないで全体を眺めるように」との方法をお聞きになったことがあると思いますけど、これは正解でもあり間違いでもあります。正解は「視点を固定しない」ということであり「間違い(もしくは誤解しやすい)」は「全体を眺める」ということです。

 

上記の盲点(これを「マリオット盲点」といいます)が全ての原因ではないにしろ、全体を眺めるだけではやはり「見ているのに見えていない」状態が起こりえます。これは例えば「ビジョントレーニング」のメニューでよくある「数字探し」なんかでも体感できます。例えば1~50の数字を順番に指で押さえていく、それに何秒かかるのか?という訓練であるわけですけど、必ず途中で「あれ?あれ?ないじゃん!」となります。つまり欠落している数字などあるわけないし視界の中にあるのに認識できていない(=脳が見えていない)状態なわけです。

 

ちょっと上記のことを整理すると:

 

1)マリオット盲点のように画像からの光を受け取ることが出来ない部分(点)が両眼とも存在する。

2)仮に光を受け取って視神経が画像情報を脳に伝えていても、何らかの理由で脳内で画像を再生できないでいる(上記の「数字探し」とかの場合でしょうか?)

 

というように「見ているのに見えていない」ことが誰にでもあるということです。

 

ここを知ったということが今回大きな意味を持ちました。つまりよりよい判定のために「距離」や「角度」や「ポジション」のことに気を取られていましたけど(そしてもちろんこれらの重要性は結局変わらないのですけど)まずは「人はそもそも全ては見えていない」ということを大前提とすべし、ということです。

 

試合中に選手から「見てないよ」「見えてないよ」と言われたら胸を張って?「そりゃ人だもの」と答えましょう・・・とは出来ないのでこの「見えない」ということを大前提に、よりよく見える訓練をしましょうってことですね。

 

で、私の場合は『その①』で書いたように「両眼視」に問題があったので、それも踏まえ、まずは以下のトレーニングを行いました。

 

両眼視のトレーニング:

① 親指視点移動

② ブロックストリング

 

そして「ビジョントレーニング」が教えてくれたのは「眼球運動(眼球トレーニング)」です。

 

眼球のトレーニング:

① 雑踏視点移動

② 車窓外数字探し

③ 徒歩数字探し

 

 

さて、これらのトレーニング(といっても大半は自己流)を始めて2~3週間での結果はというと・・・ビジョントレーニングは一般的に3か月程度続けて効果が実感できると言われているのですけど、自分の実感ではわりと直ぐに効果が出た(審判が上手くなったかどうかは別として)ように思います。前は全く出来なかったあることが出来るようになったりと・・・。

 

というわけで、具体的なトレーニング方法と効果については次回!

 

では、I'll be back.

 

 

 

 

 

 

サッカー審判員にとっての「見る力」~ その①

さて、では私自身の課題の1番目に挙げた「見る力」について。

 

なぜこれが1番目かというと単純に試合中に「見てんのかよ!」「見てないよな~」というお言葉を選手の皆さんから頂くからです。

 

多分私だけでなくサッカー審判員をやっていると一度はこの種の言葉を選手やベンチから貰っているのではないでしょうか?

 

さて「見る」というのはどういうことでしょうか?

それは通常「目に映っている」ということ以上でも以下でもないと思いますけど、3つに分解できそうです。それは:

 

1)画像を捉えている(と思っている)

2)画像を認識している(=「脳で見ている」)

3)認識した画像情報を行動に移せる。

 

ということです。

 

例えばペナルティエリアのすぐ外からシュートされたボールが守備側競技者の手に当たったとします。主審としてのあなたは守備側競技者にボールが向かった、そしてそれが守備側競技者に当たったことは捉えていても、手に当たったことを(どのように当たったかを)認識していなければ「見てなかった」ことと同じです。それが意図的に行われたプレーならファウルですけど、認識していないので笛を吹いたり、プレーオンのシグナルを出したりの行動には移せません。周りの競技者がこれらすべてを認識していたら「おい!主審見てんのかよ!」ってことになります。別に死角になっていたわけでも他の競技者によって視界が遮られていたわけでもなく、自分の目の前(至近距離)で起こったプレーなのに「見えていない=認識していない」ということがあり得る訳です。

 

いわゆる「ボ~っと見ていた」ということになるでしょうか。集中力に欠けていたってことです。もしくは視力のせいで画像がぼんやりとしか認識できなかったのかもしれません。なので「常に集中しよう!」とか、以前記事にしたように試合中だけ「コンタクトレンズ」を装着するといったような、見ることの心構えや条件を改善しようとしました。もちろんこれはこれで間違ったことではなく、改善されたようにも思えますけど依然「見えなかった(と周りから指摘される)」という状態が続きます。凹みます。

 

「もう若くないから~」なんて全て年のせいにして言い訳したくなるのですけど、色々調べてみると「見る力」は訓練によって強化できるし、「見る」こと自体も普段考えもしなかった奥深い世界があることにあらためて気づきました。

 

ところで私は自分の目のある「弱点」に長年気付いておりました。私は普段メガネを使用しているのですけど近視というより乱視というふうに言われ、自分もなんとなく右目の視力は比較的良く左目が弱い(実際、視力検査するとその通りなのです)ということなんだな、とだけ理解していました。ただ、同時に左右の目の視力だけでなく左右の目の使い方に偏りもあることには気付いていたのです。

 

自分が左右の目でどのように画像を捉えているのかが簡単に分かるテストがあります。

 

まず左右の人差し指と親指で三角形を作ります。両方の人差し指で三角形の頂点となる左右の辺を、そして左右の親指が三角形の底辺になるように指同士をくっつけるわけです。さて、そうして対象物はなんでもいいので(遠くのビルでも部屋の中の照明でも)両目でその対象物を見ながら、三角形の「額縁(フレーム)」の中心に対象物が納まるようにしてみてください。三角形の中心に対象物が納まった(三角形を通して対象物を見ている状態)なら、そのままの状態を維持します。そして右の眼、左の眼の順番で閉じて片目の状態で対象物がどのように見えるか確認するのです。両目が適切に使われているなら右目を閉じたら対象物はフレームの左へ移動し、左目を閉じたら右へ移動します。それでも依然対象物をフレームを通じて見ることが出来ます。

 

私の場合は左目を閉じると対象物はフレームの中に納まっていますけど、右目を閉じると・・・フレームの外へ完全に消え去ってしまいます!何度トライしても同じ。つまり私は常に画像を右目だけで捉えようとしているということです。

 

このように「両眼視」が適切にできていないと、極端な話オフサイドラインを見る場合も身体の正面からではなくラインより左側に身体を寄せて見ようとしていたかもしれません。また奥行き感や距離感も適切でなくボールとラインの位置関係、各競技者の交錯した手足の位置関係も正確に捉えられていなかったかもしれません。

 

これらのことは「見る力」は鍛えられるのか?それはどういうことか?という疑問からスタートしたときに遅ればせながら「ビジョントレーニング」という言葉に出会い、色々と調べて行く中で分かったことです。そしてさらに調べていくうちに両眼視の問題は単に奥行き感や正面で画像を捉えることに不都合があるだけではなく、もっと人間の目の機能の根源にかかわることにも関連しているのでは?と思うようになりました。

 

さて「ビジョントレーニング」はすでにご存じの方や実践されていることも多いと思いますので、次回は私なりに実行した結果や自己流にアレンジしたトレーニング方法をご紹介して、それがサッカー審判員の実戦でどのように役に立ったのか(立たなかったのか)等を書き記したいと思います。

 

では、I'll be back.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロフェッショナルレフェリーの年収とサッカー審判員のレベルを上げる効果的な方法

さて、前回「サッカー審判員全体をレベルアップする秘訣」について書きますね、なんて偉そうに予告しました。暴論にちょっとだけお付き合いください。

 

たまに選手やベンチや観客席から「審判資格持ってんのかよ!」とか「あんた何級!」なんてヤジられてしまったという話を聞くことがあります(私自身は言われたこと(聴こえたこと)はありませんけど)。

 

そうなんです。ならば、4級審判員からして少なくとも公式戦を担当できる協会登録の審判員になれる試験(認定)のハードルをいまよりずーっと高くすればいいのです。これが「秘策」です!こうすればモチベーションの低い審判員や「下手な」審判員が公式戦を担当することはなくなります・・・ってそう簡単に事は進まないでしょうね。

 

まず試験(認定)のハードルを上げたとしても判定や審判のマネジメントに対する異議や不満が無くなるわけではありません。第一、そんなことしたら「面倒くさい」こともあるし時には「不快な思い」をしてストレスを感じるサッカー審判員をやろうとする方の数が激減するでしょう。

 

これだけだと、「あんた真面目に考えていないだろうと」言われそうなので、サッカー審判員全体のレベルアップについての戯言をあと三つほど。

 

1番目はやはり若い人たちの間で今以上にサッカー審判員の活動についての魅力や「報酬」についての認知を強化し、優秀な人材(特に中学生、高校生を中心としたサッカー競技者の中から)やモチベーションの高い若手(他の競技での活動者も含め)を数多くリクルーティングできる戦略的なプロセスが必要だと思います。具体的なリクルーティング戦略の一つとして例えば「マーケティング計画」のようなものについて書こうとするとそれこそ10回ぐらいの連載になりそうなのでまたの機会に。

 

2番目は先に書いた「報酬」について。これはお金だけのことではありません。目的は審判員活動に対するモチベーションアップなので「Jリーグの試合を年に何回かはスタジアムで無料で観戦できる」とか「無料アプリから有名選手が中学、高校生時代のプレーや悩みを語る限定動画を独占的に視聴出来る」とか「18歳未満なら審判員ツールの購入がかなり割安になるクーポンが入手できる」とか「年間何試合以上公式戦を務めると、その回数に応じて特典が与えられる」とか・・・キリがないのでやめときます。

 

あれ?でもこれって1番目の内容とかぶってますね。なので、ここは実はもとに戻って「お金」が重要です。「優秀な人材をなるべく費用をかけずにリクルーティング・・・」って無理ですね。企業活動と同じく直接的に支払う報酬も間接費もやはり投資しないことには始まりません。

 

今から数年前にインストラクターの方からJリーグのPR(プロフェッショナルレフェリー)の方の年収が1千万ということを聞きました(実際はもっと高いのではと)。その方は「凄いよな」と仰ってましたけど、私は心の中では「えっ~割に合わないな~」と思いました。同席していた他の審判員の方々も同じ感想だったのではと推測します。あれだけのプレッシャーや「バッシング」を受けつつ、怪我などのリスクも高い不安定な職業だと思います。

 

逆に「あの判定ぶりで、そんなにもらっているのかよ~」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんね。でも、それはとりあえず関係なしです。なぜなら「あれで、そんなにもらえるなら私も・・・」とはなりませんよね。あのJリーグの舞台に審判員として立つということはある意味、選手としてフィールドに立つ以上に困難なことかもしれません。で、その結果は・・・いいプレーや得点したらサポーターから声援をもらえる選手達と違い、時には正しい判定をしても非難されるサッカー審判員・・・コンナ ワリニアワナイ コト ヤリタクナイノガ フツウ。

 

というわけで、プロフェッショナルレフェリーの報酬ももっともっと高くすべしが私の持論ですけど、1試合あたりの3級審判以下の報酬も破格にすれば優秀な人材が集まってくる・・・というわけでもなさそうです。

 

では3番目に審判がやりやすい試合環境を作り出す・・・というのはどうでしょう?具体的には特に審判員活動のスタート地点になりやすい4種のカテゴリーにおいてチーム関係者や観客の間でリスペクト精神を醸成して審判員に対する不満を感じても一緒に子供たちとサッカーをつくり上げる仲間として暖かく見守る・・・う~ん、無理か。でも少なくともチームによってこのリスペクトの精神が浸透し実践されているチーム(と帯同する観客)とそうでないチーム(と帯同する観客)の極端な差があることは事実です。やればやれないことはない・・・しかし難しい。

 

思うにネットで散見されるJリーグを中心としたサッカー審判員への不満は、時には「ハラスメント」のレベルを超えていると思われるものもあります。何をもって「ハラスメント」というのかはいわゆる「パワハラ」とか「セクハラ」と同じ構図と思っていただければと思います。つまり有利な立場を利用して相手の人格までも攻撃したり尊厳を傷つけたりというような行為が「ハラスメント」です。

 

でも通常は例えば「サポーターハラスメント」なる言葉や概念は存在しません。これは「ハラスメント」は社会的組織的関係性が明らかでかつ、特定される個人間での事象であるからです。つまり社会的組織的関係性とは上司と部下とか、医者とその患者とか、教授と生徒とか、指導者と選手とか・・・という意味です。それにプラスしてその当人の一方に「有利な立場」が存在しないと成立しません。「有利な立場」とはその個人を攻撃しても自分が反撃を受けたり不利益を被ることはない(逆に相手には与えることが出来る)という意味です。

 

この相手から反撃を受けることや不利益を被る可能性がないと人はより不満を外に表し攻撃的になります。サッカー審判員とは「遠くの存在」であります。観客と審判員の間に何か個人的な繋がりがあれば、人格までも攻撃されることはありません(経験者談)。「近く」の上司から理不尽な扱いを受けてもいきなり「あんたサイテー」なんて言う強者はいないかと(心の中で呟いたとしても)。なので「個人的な繋がりのない(場合の)」+「絶対反撃されない」存在であるサッカー審判員や例えば接客業の方々は、ときに観客からときにお客さんから「ハラスメント」を受けます。まあ、多くの観客の方々はマナーや節度ある場合がほとんどですけど、この「ハラスメント」の概念を「リスペクト」の概念と対にしていただきサッカー競技に接していただければ幸いです。

 

なんか、迷走した感がありますけど、結局簡単にサッカー審判員のレベルを上げる効果的な方法(施策)など存在しないという結論に至ったわけであります。

 

なので、やはりまずは隗より始めよ。下手な自分をちょっとでも向上させるべく次回はサッカー審判員としての最重要項目とも言える「見る力」について書きます!

 

では、I'll be back

 

 

 

 

 

サッカー審判員 3つの力

さて、あまり間を開けないで書いていこうと思っていたらはや1週間以上経過。その間毎日「リストラ」に取り組んでいました。

 

リストラっていうと悪い響きがありますけど、自分から自分の意思で自分自身を「リストラ」=「再構築」しようってことです。私の場合で言えば「下手な」サッカー審判員から抜け出すこと。通常、ある程度の年齢以上になってからは自分の全体の伸びしろを考慮して少しでも長所を伸ばすことに比重を置きましょうというのが定石ですけど、サッカー審判員としての基礎力を伸ばすことが必須な私にとっては逆に短所をまず冷静に見つめそこを改善しないわけにはいきません。

 

なので「上手く」なるには何の「力」が弱いので伸ばすべきなのか?今までの実戦の中で得た経験や様々な方々からのアドバイスをもとにすると私が伸ばすべき「審判力」は以下の3つに集約できると自己判断しております。

 

① 見る力

② マネジメント力

③ コミュニケーション力

 

これ、ほんとうに私自身が感じていることなので全ての人に当てはまることではないと思います。またもちろん以上の3つの力だけを伸ばせば「上手い」サッカー審判員になれるというわけではないでしょう。しかし時間と労力が有限だとするとやはり優先順位をつけて取り組まざる得ません(=「やるべきこと」と「やらないこと」を決める。もしくは「やることを絞る」。これが「戦略」ってことですね)。

 

本当はインストラクターの方にご指導いただきながら自分の現状の審判力や課題を客観的に捉えて今後どうあるべきか?あるべき姿にどのように向かっていくべきか?等々を適切なプログラムのもと実行していくべきなのでしょうけど・・・私のようなポンコツ審判員にそんな時間を割いてくれる方はいません。ので、自己流で行きます。

 

まずは3つの力について・・・の説明は次回に。いやその前に自分のことをさておき、サッカー審判員全体のレベルアップの「秘策」についてお話させてください。

 

では、I'll be back.

サッカー審判員のリストラ

気付けば前回の記事から1か月以上経ちました。先々月に体調管理ができておらず珍しく発熱したこともあり、実戦の数も少なめに抑えておりました。それでも数少ない試合を通じていつになく考えらさせられることが多かったです。

 

今まで色々なことについて書いてきたものの次の問いには答えが出せずにいます。

 

① 自分のような下手な審判員は何をなすべきか?

② とうにシニアと呼ばれ始める時期は通過して今後審判員としてどのようにあるべきか?

 

①についていえば何をもって「下手」というかは追々書くとして、やはりこの問題は避けて通れないし、単なる精神論や経験の積み重ねだけでは解決(改善)できないように思えるわけです。

 

下手、上手いで言えばサッカー審判員は以下の4種類に分類できるかもしれません。

 

 1)モチベーションも高くサッカー審判員としても上手い

 2)モチベーションは低いけどサッカー審判員として上手い。

 3)モチベーションは高いけどサッカー審判員として下手。

 4)モチベーションも低くサッカー審判員として下手。

 

上級への昇級を目指し続けるなら1)であるべきです。では4)のような場合サッカー審判員になってはダメだとしたら・・・単純に審判員の人数が足りなくなってしまうでしょう(特に4種以下のカテゴリーにおいて)。2)は才能に恵まれているということですね。年齢が若ければ若いほど将来へ向けてのポテンシャル人材と言えるかもしれません。でも2)の人達は加齢するほど4)に向かっていくことになるようにも思います。さて私自身はどこに属しているかと言えば3)であったはずですけど・・・このままいくと4)になってしまう恐れがあります。モチベーションとは好きとか楽しいという感情であると言えます。ただ「下手の横好き」という趣味の範疇とは異なり、大なり小なりのプレーシャーと他者からの評価が常について回るサッカー審判員は「下手な」ままですとやがてモチベーションも低下していく・・・まさに今の私のように。

 

記事を書くことは蘊蓄を語るのと同義です。「(他人に)蘊蓄は聴かせるけど(自分は)下手な審判員である」というのでは説得力にも欠けます。蘊蓄を語ることで上手くなることは決してありません。それを数年続けても同じことです。何かについて上手くなるには具体的な気付きと行動が必要です。そして上達は徐々にゆっくりとではなく急激な上昇曲線となって現れるものです。その曲線の上昇率はすべての物事の習得と同じように若い人ほど高いように思います。

 

いくら競技規則について語っても(ちなみに私は規則至上の原理主義者ではあ~りません。メチャクチャ大雑把なことは記事を読んで頂けると分かると思います)自分が経験から得たことを語っても(明らかに審判員としての「場数」も足りません)それがサッカー審判員として下手な私が上手くなっていくことには繋がりません。それでも語るとしたら・・・それは上記②に繋がっていくことになるのかもしれません。

 

で①の問いにもどるわけです。「何をなすべきか?」これに対する答えは禅問答のようですけど「何か」をやることでしか得られないではと思うわけです。なので、これから数か月(もしくは1年)で「上手くなりたい!」ので「何か」やってそれについて書きます。

 

でも「今さら」っていう気持ちも正直あります。弱気にもなります。

 

そこで②について。サッカー審判員でもサラリーマンでもJリーグプレーヤーでも加齢を重ねると実労働の年数はどんどん少なくなります。これは誰にとっても避けられません。また体力や気力も落ちてきます。その逆に変なプライドや虚栄心は大きくなっていく人が多いようにも思います(まさに私自身!)。そうすると「下手」(=「仕事が出来ない」)なのに「威張る」(=職位や権限や勤務期間にすがる)という周りに悪影響を与える存在になっていくのかもしれません。

 

なのでどんな組織においても若手により多くの機会を与えお金も時間も投資することは間違っていないと言えます。いやそうしないと組織は衰退していくことでしょう。サッカー審判員もそうです。より若い人(高校生や大学生)のモチベーションが高まるシステムにすべきですし若い人たちがより上級へ早めに移行できるようにサポートすべきでしょう。

 

その上での、自分自身が「リストラ対象」であるという前提での、②の問いかけです。

 

またまた長くなりましたけど、これから書くことがサッカー審判員として「上手く」なりたいすべての方々にとって爪の先ほどの気づきになればいいな~と思ってます・・・なんて、これまた虚栄心ですね。素直になれなくて・・・まずは自分が上手くなりたいのです!

 

では、I'll be back.