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ターミネーター3級審判員の反省部屋

パブリックプレッシャーを感じながら今日も走る。サッカー3級審判員の"I'll be back!"な毎日

誰かがウソをついている?ファウルのとり過ぎが日本サッカーをダメにする?(後半)

さて、ちょっと間を置いての後半(後編)です。

 

実はアメリカの中南部の某都市等々に行っていたのですけど、数日滞在していたホテルではU12と思われるサッカーチーム御一行と一緒になりました。

 

どこかで声がけして色々訊いてみようかな~と思っていたのですけどこちらも朝出て夜ホテルに戻って来る身。なかなかタイミングがあいません。ようやくエレベーターの中でボールを持ったコーチらしき人と一緒になることがあり話ができました。

 

彼らのチームはハワイからトーナメント大会に来たとのこと。「大きな大会なの?」と訊いてから愚問だったと気付きました。決して超格安とは言えないホテルに遠路はるばるハワイからやってきて、帯同している親御さんやコーチと思われる方も多い大所帯。大きな大会でなきゃ・・・ですね。

 

自分も日本で審判資格持っていてこの年ごろのサッカー少年の試合で毎週末は審判やらしてもらっている等々話して交流を温め?ました。どんな大会なのか見てみたかったのですけど今回残念ながらその余裕はありません。ただホテルのロビーで見たサッカー少年たちは普段日本で見かけるサッカー少年をそのまま思い出させました。いずこも同じなんですね。

 

さて、このチームが滞在していたからだけではないでしょうけど、ホテルのロビーやバーのラウンジにあるTVスクリーンには毎日FIFA女子ワールドカップが映し出されていました。ちょうど日本VSスイス戦もあり、ニュース映像なんかも繰り返し放送されていました。30年以上前に初めて渡米した時にはアメリカではサッカーの市民権はとても小さくマイナーなスポーツのように思いました。もちろんいまだ主流はアメリカンフットボールでありバスケットボールであることは変わらないと思いますけど、以前とは比べものにならない市民権を得ているように感じました。

 

さて閑話休題

 

前半の論旨を無理やりまとめると:

 

サッカーにおいては球際の厳しいプレーが選手のパフォーマンスを向上させる → なのに日本の審判は直ぐに笛を吹いてファウルにしてしまう → これでは日本のサッカーはいつまで経っても「世界」レベルに達しない

 

ということでした。

 

そしてこの点を4種に絞ってお話しようということでしたね。

 

まず言葉の定義なんですけど、「球際の厳しい(激しい)プレー」というのは表現としてガツガツと相手選手に対して身体を使って(正当なフィジカルコンタクトで)競り合うというイメージになりますでしょうか。それはそれで間違いではないですけど、もっと大切な「球際の厳しいプレー」とは「動きだしの早さ」という意味だと思います。

 

つまり相手に思い通りプレーさせないようにコンマ数秒を意識してとにかく相手に向かってボールに向かって早めに早めにつめていくってことです。ということはもちろんまずは守備の局面で「球際の厳しさ」ってのは重要になります。

 

小学生でも個々の力は重要ですけど、ひとつ頭が抜け出た強いチームはこの球際の激しさがチーム単位で徹底されています。すなわち全員が相手に向かって早めにプレスをかけていく、ボールに向かって早めに動きだす、よって相手がいつものプレーが出来なくなる・・・ってことですよね。

 

この球際の厳しさは、もちろん守備だけでなく攻撃面でも重要ですよね。ボールに向かって早めに動きだし自分のものにする等々。そしてこのように球際の厳しいプレーが徹底されているチームは自チーム内での練習でも日々そのような環境でプレーしているので攻撃のレベルも当然あがる(=早めのプレッシャーの中でも自分の思い通りにプレーできる=プレーの正確さと速度が上がる)ことにもなるわけです。

 

「球際の厳しいプレー」というと何かいつも長友選手がセリアAで受けている(している)相手からのハードなフィジカルコンタクトのようなものを考えがちで、ひ弱な日本人プレーヤーはすぐに倒れてしまう、そして審判もすぐに笛を吹いて「過剰に」ファウルをとってしまう、それでは屈強な世界のプレーヤーと渡り合えるサッカー選手はいつまで経っても育たないという「分かりやすい」論調になるんでしょうね。

 

おっと、話は4種に絞ってですね

 

上記に定義したように「球際の厳しい(激しい)プレー」とは相手選手と激しく身体をぶつけ合って競り合う(もちろんそれはそれで重要です)というより「コンマ数秒を意識して動き出しをより早くしたプレー」ということです。

 

これがなぜ4種において一番といえるほど重要かというと、動きだしの早さをこの時期に身に付けることで上のレベルに行ってもプレーのパフォーマンスを向上させ続けられる基礎土台となるからです。

 

小学生の場合特に高学年なんかでは身長差や体格差が個々の選手の間で顕著になる時期があります。身体の大きな選手は小さな選手をその体格差を利用してフィジカルコンタクトで相手に競り勝つことができます(もちろんその逆もあります)。このような体格差(もしくは走力とか)などのフィジカルだけにたよっていると、ある時期からその差が埋まってしまうと「通用しない」選手になってしまうんですね。(手や身体を不正に使って「球際を激しく」プレーしている選手が通用しなくなるのと本質的には同じです)。

 

というわけで「球際の厳しさ」=「コンマ数秒を意識した動きだしの早さ」をこの時期(U-12)に「癖」にするのは強調しても、し足りないくらい重要ですよね。

 

しかし言うは易しで、これを子供達に徹底させることの難しさは、私の様な門外漢に言われなくても指導者の方々が一番お分かりのことだと思います。

 

上記の理由で、現状のままで「球際の厳しさ」の定義を取り違えて4種の審判に「ファウルを取り過ぎない」ように啓蒙なんかしたら、いずれは「通用しなくなる」プレースタイルの選手を育成し、前半冒頭のH君の指摘にもあったファウルのとれない審判員を養成してしまうことになります。

 

かといって現状のままの「現場」でいいわけがありません。もし将来に向けて「球際に強い」選手を育てるというビジョンのもと子供たちの成長をサポートする役割の一翼を担うであろうお父さん、お母さん、コーチ審判員に求められるもの、本当の意味での必要な「啓蒙」とはなんでしょうか?

 

それは一言でいえば審判員も「球際の厳しさ」を身に付けろということではないでしょうか。つまり子供達に「コンマ数秒を意識した動きだし」を求めるなら、自分達からということです。

 

「動きだしの早さ」とは結局動作でいえば「走る」ということです(もちろんそれだけではないですけど)。4種の審判員の多くの方がファウルがとれていないという現場での実感は、審判員が結局は走っていない、つまりプレーの推移に応じてよりよい位置や距離でプレーを見るために走ることを惜しんでいるかどうかに尽きると思います。

 

的確な位置や距離で見極めたプレーで審判員が基準に照らしあわせてファウルだと判断したのなら、何度でも笛を吹けば(またはアドバンテージをみたならプレーオンにすれば)いいのです。一方で球際激しくプレーした選手によって、自らバランスを崩した選手が倒れてもファウルとしないという見極めは絶対に行って欲しいことです。

 

ビジョンだけでは絵に描いた餅になりますし現場だけでは目先のことを処理するだけになります。正しい現状認識と目標の立て方によりビジョンと現場が結び付いて初めて理想の5年後10年後が現実化するのではないでしょうか?

 

さて、金曜の日本代表の強化試合を見ていたら面白い数字が画面に出てきました。

 

それは試合中にスプリントした回数です。ここでのスプリントの定義は時速24kmに達した走りとなっていたように記憶します。で、その回数が後半20分の時点でトップだったのが本田選手と香川選手。宇佐美選手がそれに続いて多かったようです。

 

今日審判を務められた方、何回スプリントされたでしょうか?

 

もちろんスプリントだけが走りではありません。ではどの程度の距離を走りましたか?「センターサークル審判」ではなかったでしょうか?

 

4種の審判員が走り過ぎたから日本のサッカーがダメになるなんてことはあり得ません。子供達の未来のためにも走りましょう。

 

と、偉そうにぶっておきながら本日、帰国後初の主審を務めて課題多しの1日でした。言うは易し・・・お互い切磋琢磨です。

 

では、I'll be back.