ターミネーター3級審判員の反省部屋

パブリックプレッシャーを感じながら今日も走る。サッカー3級審判員の"I'll be back!"な毎日

「サッカーと音楽」シリーズ 第二回 ~ 「おせっかい」?それとも「恐れ知らずの愚か者」?(中編)

 さて現実はこの記事の遥か先を行き、レスター・シティFCがリーグ優勝を決めましたね。おめでとうございます。

 

では、前回の続きピンク・フロイドの「フィアレス」について。この曲はメロディが特に印象的とか、何か新しいことを試しているとか、名演奏が繰り広げられているとか等々一切ありませんです。逆に地味といえば地味な印象なんですね。ゆったりとしたアコースティックギターによるストローク演奏が曲の大枠を構成していて、そこにデヴィッド・ギルモアのジェントルな(線が細いとも言える)ボーカルによってロジャー・ウォーターズが書いた詩が淡々と歌いあげられていきます。私が高校生の時にこの曲を最初に聴いて何が一番印象的だったかといえばこの、ロジャーが書いた歌詞そしてシュプレヒコールのような群衆の声(アンフィールドリヴァプールFCサポーターによる”You'll never walk alone"の合唱と歓声)の二つだったわけです。

 

さて、まず歌詞について。以下のような内容で始まります。

 

You say the hill's too steep to climb, climbing

You say you'd like to see me try, climbing

You pick the place and I'll choose the time

And I'll climb the hill in my own way

 

あの丘は険しすぎて登れない、と君は言う

ぼくが登るところを見てみたい、と君は言う

場所を決めてくれたらぼくが時間を選ぼう

そしてぼくなりにあの丘に登ってみせよう

 

当時、友人と二人この歌詞を聴いて「ぼく」と「きみ」は男女(しかも友達以上恋人未満)のことと勝手に思い込み(そのような年頃なわけです)男に無理難題を突き付けている小悪魔的な?女性を想像してしまったんですね。でも、ただ男女の仲だけについて歌われている曲ではないことは続きの(2番目の)歌詞の冒頭からもそして群衆の声が入ることからも分かります。

 

Fearlessly the idiot faced the crowd, smiling.

 

大胆不敵にもその愚か者は

笑いを浮かべて群衆に相対した

 

間もなくこの「愚か者」とはどうやらピンク・フロイドの創生期の天才リーダー、シド・バレットを意味しているとの情報を得ます(これがますますこの歌詞のメッセージを理解することを難しくさせてしまったわけですけど)。

 

まあ、「愚か者」がシドを指しているかどうかはともかく、この歌詞のポイントは「the crowd 群衆」という言葉が出てくることで、歌詞の一番最後の言葉もこの「群衆」なんですね。で、その言葉が”You'll never walk alone"を歌う群衆の声とも対応していることにも(素直に受け止めれば)気づきます。

 

まあ、ここまでくると「そんなことはどうでもいい」と思われいる方々(ほとんどすべての方ですね)にはさらに「どうでもいい」ことになりますけど、この歌詞を書いたことでロジャーが気まぐれにリヴァプールFCサポーターの声と曲を組み合わせたのではないことが分かります。一方でなぜ、それがKOPが歌う”You'll never walk alone"でなければならなかったかは依然??なわけです。

 

さて、実は私は「フィアレス」の群衆の声がリヴァプールFCサポーターの声であるとか”You'll never walk alone"であるとか当たり前のように書いていますけど、数十年前に「フィアレス」を初めて聴いた時にはそんなことは全く知りませんでした。その後も20年以上はそのことに気づいてもいなければ知りもしませんでした。実はそのことを知ったのはちょうど小学生だった長男か次男が「フィアレス」を聴いて「なんでリヴァプール聴いてんの?お父さん」って一言だったのです。そう、プレミアの試合中継を見ていた子供たちはサポーターが歌う”You'll never walk alone"を誰に教わるでもなく覚えていたんですね。しかも「Liverpool!」と繰り返す叫ぶサポーターの声援も聴きとっていたわけです。ピアノを習っていた子供の耳には簡単なことだったわけですけど私にとっては十数年の歳月を経ての「発見」だったわけです。

 

この「発見」に気づいたとき、私は一言でいえば・・・「落胆」していました。「フィアレス」には何か特別なメッセージ性を感じていたので、それが実は英国人の好きなスポーツであるサッカーの観衆の声だったとは・・・この曲もロジャーの「遊び」だったのね・・・ガーンというわけです。

 

ここで勘違いされないよう付け加えておくと私はピンク・フロイドの曲に常に何か高尚なメッセージが含まれているとか、それゆえ価値があるなどとは思っておりません。例えば意味がない音の連なりとしてシド・バレットが中心になって作り上げたファーストアルバム「Piper at the Gates of Dawn 夜明けの口笛吹き」が大好きです。また「おせっかい」に入っている男女の情景を描いている「ピロウ・オブ・ウィンズ」とか「サン・トロペ」とかの曲も大好きで高く評価しております。

 

一方で「フィアレス」には何かメッセージ性を感じていたし、なにより群衆の声に力強い意志を感じ取っていたのです。その後、ロジャーが熱烈なリヴァプールFCのサポーターであると知り(これは大きな誤解。後ほど)それが高じてのお遊びだったのかと思うと肩透かしを食らった気持ちになったのです。僕の数十年はなんだったのか(大袈裟)。

 

ピンク・フロイドはお遊び的なミュージック・コンクレートは得意ですし、私もそんなお遊びが好きだったんですけど、この「フィアレス」に限って・・・。

 

さてさてロジャーがリヴァプールFCのサポーターというのは私の大きな勘違いで、彼は熱烈な(子供の時からの)アーセナルFCサポーターです。ピンク・フロイドは曲をアルバムとしてリリースする前からライブで演奏しながら作りあげていったりしたわけですけど、同時に正式な曲のタイトルを決定する前には色々なタイトルを曲につけてライブで紹介していました。そんなライブ用?のタイトルのひとつに「エコーズ」の「We Won the Double 俺たちは二冠王」というもがありました。これは次のカレンダーを見ていただくと何のことか分かります。

 

1971年1月、3月~5月、8月 「おせっかい」録音期間 

     5月3日        アーセナルFC リーグ優勝       

      5月8日        アーセナルFC FA Cup優勝

*ちなみに5月のスタジオ録音は1日、2日、9-11日、24-26日、28日

     8月1日        日本到着

     8月6日、7日     箱根アフロディーテ ライブ

     8月11日       日本出発       

1971年11月         「おせっかい」発売 

 

 この年の(も)ピンク・フロイドのスケジュールは殺人的でヨーロッパはもちろんアジア、オーストラリア、USとまさにワールドツアーをこなしながらその合間を縫ってスタジオでセッションを行うという凄まじさです。 

 

そんな中、アーセナルFCの二連覇。ロジャーの喜びもひとしおだったでしょう。ではなぜアーセナルFCのサポーターの歓声ではなリヴァプールFCサポーターの声援を自らの新曲に使ったのでしょうか?しかも英国人なら間違いなく聴けば誰でも分かる大ヒット曲”You'll never walk alone"を歌うサポーターの声援だったのか?彼らは当然「Arsenal!」ではなく「Liverpool!」と叫んでいるわけです。  

 

ひとつのヒントはウェンブリーで行われたFAカップ決勝戦アーセナルFCリヴァプールFCにありそうです。1971年5月8日、アーセナルは再三の好機をゴールキーパーのファインセーブに阻まれたりゴールポストに嫌われたりしながらスコアレスドローのまま試合は延長戦に入りました。そして延長前半、ゴールを最初にこじ開けたのはリヴァプールのスティーブ・ハイウエイの左足でのニアポストゴールキーパーの隙間を狙った見事なシュートでした(ちなみに延長戦開始時に主審がアーセナルの選手にコインを渡してトスさせてますけど、これは・・・?知っている方いたら教えてくださいませ)。

 

そしてドラマはこのあとやって来ます。まず同じく延長前半ゴール前に送られたループパスの処理をリヴァプールのデイフェンス陣がもたつく間に、そのこぼれ球をアーセナルのジョージ・グラハムとエディ・ケリーの二人がコンビネーションシュート?(実際はグラハムはボールに触れていないですけど、オフサイドの反則なしでゴールキーパーをかく乱しているとも言えますね)でリヴァプールのゴールに流し込み同点とします。  

 

そして延長後半、試合中から物凄いミドルシュートを放っていた チャーリー・ジョージが右足を素早く振りぬきマーヴァラスなミドルシュートを決めます。このゴールが決勝点となりアーセナルは逆転優勝を飾りました。

 

試合後2連覇の歓喜にわくアーセナルリヴァプールサポーターも称え、そして「勇敢な敗者」としてリヴァプールに対しても両方のファンからエールが送られました。

 

さてロジャー・ウォーターズはどこでこの試合を見ていたのでしょうか?記録によると5月7日はランカスター大学でのライブ、9日からスタジオ入りなので8日はオフっだったのか?するとウェンブリーにいた可能性もありますね。いずれにしろアーセナルが勝ったことで大興奮していたことでしょう。 

 

そして「敵」ながら素晴らしい戦いを見せたリヴァプールFCに敬意を表して急きょ「フィアレス」に”You'll never walk alone"を入れることを思いついたのでしょうか?それとも「フィアレス」という曲自体(作曲はデヴィッド・ギルモアだったにしろ)を作ろうと思い至ったのでしょうか?

 

このこと自体はアーセナルのファンでありながらリヴァプールサポーターの声援を曲に使ったことに対して合理的な説明になっているとも言えます。FA Cupでの勝利がそうさせたと言ってもあながち間違いではないように思えます。

 

ただそれだけでは、やはり「お遊び」の曲のままです。私の感じた「落胆」はそのままになります。ところが・・・やはり「フィアレス」にはもっと普遍的な意味、ロジャーの決意のようなものがあったのです。リヴァプールFCサポーターの声援でなければならない意味、彼らが歌う”You'll never walk alone"でなければならない必然性があったわけです。次回、そこに迫ります(うーん読者はすでにゼロのような・・・)

 

では、I'll be back.