ターミネーター3級審判員の反省部屋

パブリックプレッシャーを感じながら今日も走る。サッカー3級審判員の"I'll be back!"な毎日

いわゆるハイキックの見極めについて 2018FIFA ワールドカップロシア大会 雑報その⑦

いきなりですけど競技規則第12条 ファウルと不正行為の以下の条文を抜粋。

 

2. 間接フリーキック

競技者が次のことを行った場合、間接フリーキックが与えられる:

●危険な方法でプレーする。

(中略)

危険な方法でのプレー

危険な方法でプレーするとは、ボールをプレーしようとするとき、(自分を含む)競技者 を負傷させることになるすべての行為であり、近くにいる相手競技者が負傷を恐れてプ レーできないようにすることも含む。

主審が相手競技者に対して危険でないと判断した場合、シザーズキック、バイシクルキッ クは行うことができる。

 

今回のお題は「ハイキック」の判定についてです。巷でも議論のあった7月12日に行われた準決勝のクロアチア代表対イングランド代表の試合でのペリシッチ選手のゴールについてです。ご覧になっていない方はNHKの2018FIFAワールドカップのサイトにある動画をご覧ください。後半23分(68分)の映像です。→

ライブ・見逃し|2018 FIFA ワールドカップ|NHKスポーツオンライン

 

さてこのゴールまず左サイドのラキティッチ選手からサイドを変える右サイドのブルサリコ選手へのパスが起点となり、そのブルサリコ選手からペナルティエリア中央ゴールエリアに近いところへ絶妙のアシストパスが入ります。そのパスをイングランド代表DFのウォーカー選手がヘディングでクリアしようとするのですけど、その頭をちょうど跨ぐようにペリシッチ選手が背後から詰めて左足のアウトステップでボールをキックしてゴールにボールを突き刺しました。

 

上記の文章だけ読むと完全にペリシッチ選手の「ハイキック」の反則でイングランド代表に間接フリーキックが与えられる事象だと思います。

 

ではゴールを認めた、トルコのCAKIR Cuneyt主審の誤審でしょうか?いえいえ、私は以下の理由でチャクル主審の判定は正しかったと思います。ただ、自分が主審を担当していてあのプレーに対して確信を持ってノーファウルと判定出来たかと言えば・・・自信ないですね。

 

では「ハイキック」に対する判定で考慮すべき四つのポイントです(もちろん判定根拠は身体的接触がなければ冒頭の競技規則の条文に求められるべきですね)。

 

①ボールの高さ

②ボールへの優先権

③相手競技者への影響

④危険な方法の有無

 

まず①。例えば腰を基準としたときにそれより低い位置にあるボールに対してヘディングでプレーしようとすることは危険な方法でのプレー(=自らを負傷させる恐れがある行為)と認定されることがあります。この場合いくら相手競技者のキックが頭と同じ高さやそれより上にあっても「ハイキック」とはなりません。どちらの反則かを取り違えないようにするためにもボールの高さの見極めは必須ですね。

 

さて、今回の場合ボールの高さはどうでしょうか?まずゴール前でボールをクリアしようとしたイングランド代表のウォーカー選手はダイビングヘッドを行っています。その高さはヘディングでの競りで頻繁に見られる飛び上がらないと相手競技者より先にボールに触れることができない、というような高さではないです。では低すぎる、つまりヘディングでのプレーは危険であるというような高さであるかといえばそうでもないです。なので今回のウォーカー選手のヘディングでのプレーは反則にはなりません。ペリシッチ選手の左足はそのウォーカー選手の頭上スレスレを右から左に動いているのです。

 

次に②。今回のペリシッチ選手のキックの判定で最も重要なポイントのように思われます。再生画像を見る限るペリシッチ選手は見事にウォーカー選手より先にボールをプレーすることに成功しています。スルスルと背後から近づき動く獲物を一発で仕留めたという感じです。仮にウォーカー選手の頭とペリシッチ選手の左足が同時にボールに触れる状況であれば、笛を吹かざる得ないと思います。

 

③について。これは一言でいうなら競技規則にある「近くにいる相手競技者が負傷を恐れてプ レーできないようにすること」ということです。つまりハイキックやその他の危険な方法でのプレーで相手競技者がビビってプレー出来なかった、プレーの勢いが弱まった、プレーの精度が低くなったという抑止の影響があったかどうかがポイントです。さて今回の場合、ヘディングしようとするウォーカー選手はペリシッチ選手のプレーでその動きを抑止された様子は見られません。ペリシッチ選手が背後からプレーしたので視界にも入ってなかったですし、ボールに集中していたことも大きかったと思います。

 

さて最後に④についてです。「危険な方法の有無」の観点で言えばペリシッチ選手の左足でのキックは正当な高さでのヘディングプレーを行おうとしているウォーカー選手の頭上を跨ぐかのように動いている、しかもギリギリ接触するかしないかの位置関係なのでやはりペリシッチ選手のプレーは危険な方法だったとも言えます。ただ一方でかなり高いレベルで危険を回避できているプレーとも言えます。

 

とまあ、このように①~④のポイントを振り返ってみると「あれ?やはりペリシッチ選手のプレーは反則だったか?」と思わざる得ない部分も多々ありますね。それでもなぜノーファウルとしたチャクル主審の判定は正しかったと言えるのかは、やはり②の優先権に尽きると思います。ペリシッチ選手のプレーは本当に素晴らしく、いわゆる制空権を確保できています。制空権という言葉の定義を「ある空域で敵に妨害されることなく,自由な作戦行動を可能とすること。」とすればまさにペリシッチ選手のプレーがそれであると断言できます。それは同時に「敵を妨害していない行動」とも言えます。そして高いレベルでギリギリの競り合いを行っていた当該試合では相手に対する負傷の危険を回避し同時にボールをコントロールするというペリシッチ選手の卓越したプレーの精度に応えチャクル主審はサッカーの魅力を最大限に引き出す判定を行ったのではないでしょうか?

(このゴールが認められなかったら今夜これから行われるフランス代表対クロアチア代表の決勝戦も実現しなかったかもしれない、とても大きな判定だったことは確かです)

 

さて、このように書いたもののやはり自分が担当した試合だと笛吹くだろうな~。ともあれ自動的にハイキック=反則としないように研鑽を積み、試合経験を積み重ねましょう。

 

では、I'll be back.