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ターミネーター3級審判員の反省部屋

パブリックプレッシャーを感じながら今日も走る。サッカー3級審判員の"I'll be back!"な毎日

「サッカーと音楽」シリーズ 第一回 ~ 世界は動いている!(後半)

それでは1990年の世界の動きとサッカーの動きを紐づけながら見てみましょう(多少強引なところはご容赦を)。

 

まず1990年の5大ニュース。

 

ネルソン・マンデラ氏釈放

ソ連崩壊の危機

③湾岸危機

東京市場暴落

ドイツ統一

 

①は言わずと知れた反アパルトヘイト闘争の象徴にして偉大なカリスマが27年間の刑務所生活から解放されたトップニュース。この20年後に南アフリカでワールドカップが開催された時は感慨深いものがありました。

 

②はこの年の3月15日にソ連の初代大統領に就任し10月15日にノーベル平和賞を受賞したペレストロイカの立役者ゴルバチョフさんが、結局は翌年のソ連崩壊の立役者にもなったということ。このソ連の崩壊がなければ本田圭祐選手のCSKAモスクワへの移籍もなかったかも(かなり強引)。イタリア大会がソ連代表として最後のワールドカップ出場(グループリーグB組最下位)。

 

③はイラクの独裁者サダム・フセインが8月2日クウェートに侵攻する暴挙にでたことです。で、この3年後にイラク代表と対戦して起こったのが「ドーハの悲劇」。

 

④は、始まったバブル崩壊。でもまだ世の中バブル気分。その気分引きづって3年後にJリーグ発足。

 

⑤は前年11月9日に起きたベルリンの壁崩壊から1年も経たずにこの年10月3日に主権国家としての東ドイツが消滅して東西ドイツが統一された歴史的瞬間。そしてこの年のFIFAワールドカップイタリア大会において西ドイツが決勝でマラドーナのアルゼンチンを破り「有終の美」を飾りました。

 

で、ワールドカップイタリア大会の個人的記憶はといえば:

 

1)カメールーン代表の活躍。

2)フランス代表が出場していない!

3)結局、日本代表が出ていないのでビールでも賭けないと盛り上がらないという巷のにわかサッカーファンたち

 

という大したことのないものです。

 

1)はまさに、ダークホースの象徴でしたねえ。TVで「身体能力」という言葉がこれほど短期で集中して放送されたことはなかったのでは。

 

2)3)はセット。当時のイギリス人上司がビールを懸賞に優勝国予想のブックメーカーとなり、各人(もちろん彼はイングランド)が優勝国を予想。で、わたしは出場国を把握せずエントリーさえしていないフランスを優勝国として予想(間抜け)。とにかく忘れもしない1985年の12月8日の国立でのトヨタカップ。チケット予約していたのにどうしても外せない用事が入り泣く泣く断念。最高のパフォーマンスを見せてくれたプラティニを生で見た友人から延々と自慢話を聞かされプラティニ = フランス人が強く記憶されたわけです。(う~ん、めちゃくちゃな文脈ですな)

 

いよいよ審判について。「ワールドインモーション」に後押しされて(?)準決勝まで進んだイングランドは優勝候補の西ドイツと対戦します。この時の映像を振り返ってということでこの回前半で:

 

①GKへのバックパスを手で扱っても反則ではない。

②GKが一度リリースしたボールを再び保持してもこちらも反則でない。

オフサイドポジションの定義が今とは異なる。

④審判のシグナルやポジションが今と異なる??

⑤イエロ―カードの基準が異なる(もしくは当然出すべきプレーに出ない)

 

を挙げました。

 

①はイングランド代表GK、大会最年長41歳のシルトン選手が味方バックパスを手で保持するプレーを多用してます。ご存じのように1992年の競技規則改正でバックパスに手で触れると反則ということになりました。

 

②はそのように見える映像があるので、そう勘違いしてしまいました。1982年の競技規則改正で「ファールと不正行為」においてGKの「4歩ルール」や「他のプレーヤーが触れる前に再びボールを手で触れると反則」の記述ありますので、多分ペナルティエリア外にいる味方選手に渡して、そのバックパスを手で保持した映像が画面の下部が切れている関係で再び手で触れていたように見えたのでしょう。

 

③これは前半イングランド代表の選手がどうみても最終ラインより前に出ているとは見えないのにオフサイドの反則となっています。これは1990年の改正によって「後方から2人目の競技者もしく最後方にいる2人の相手競技者と同じレベルにいる」ことはオンサイドとなったわけですけど、ワールドカップの時はまだ同レベルはオフサイドポジションであるという旧競技規則が適用されていたからでしょうか?

 

④はこの準決勝の主審ブラジルのライト(?)さんのポジションやシグナルがちょっと微笑ましいというか、なんというか。まずキックオフの立ち位置は攻撃側センターサークル内のセンターマーク右側のハーフウェーラインぎりぎりのところ。で前半8分30秒あたり西ドイツの選手がタックル受けて、そのまま流します。この時両手を前に出してプレーオンのシグナル。でこれがどうやらアドバンテージの適用ではなく「ノ―ファール」のシグナルなんですね。あと通常のファールでも短く両手を前へ突き出す、などなどユニーク。

 

 

⑤は例えば前半39分あたりのイングランド代表5番ウォーカー選手の西ドイツ代表19番クリンスマン選手へのファール。ライト主審、イエローカード提示をしておりません。で、これは今なら反スポーツ的行為のひとつ「戦術的な目的で相手競技者に干渉する、また大きなチャンスとなる攻撃の目を摘むファールを犯す」に当たると思います。まあこの行為自体に厳しくイエローを提示しましょうというお達しが協会からでたのも、ここ数年前のように記憶してます。

 

また42分頃のドイツ代表の中心プレーヤー、マティウス選手のへのスライディングタックルもイエロー相当ですね。出ませんけど。

 

ようやく後半19分くらいのブッフバルト選手へのイングランド代表パーカー選手のチャージにイエローカードが出ました。左足のひざがほとんど伸びきっての足裏見せてのレイトチャージ。これ足裏がブッフバルト選手を直撃したら文句なしの一発レッドです。解説の松本育夫さんこのプレーに対して「サッカーはこれくらいの激しいプレーしょうがないですよ」。うーん時代を感じます(苦笑)。

 

フェアプレーで有名なイングランド代表。結構今の目で見ると警告すれすれのプレーも多いような。その他のチームはもっと激しかったってことでしょうねえ。それにしても西ドイツ代表の選手がバタバタとフィールドに倒れていきます(苦笑)。彼らはベッケンバウアー監督のように紳士的です。

 

というように見てきた1990年。「世界は動いている」んですね。

 

さて前半冒頭でも書いたように「ワールドインモーション」をイングランド代表に献上したニューオーダーのピークは個人的には1989年。彼らの作品に興味あるならこれ以前で御試聴ください。私のお勧めは1985年のアルバム「ロウ・ライフ」。一曲目からしてバーナード・サムナーの「こんなに下手くそな歌を商品にしていいのか?」と思ってしまうほどの外しっぷりです。衝(笑)撃でした。

 

でさらに遡ってもいいという方はニューオーダーの前身ジョイ・ディヴィジョンの「クローサー」や「アンノウンプレジャーズ」をどうぞ。このサウンド暗い暗すぎる(笑)。マンチェスターサウンドの中心、親分的な存在になる彼らは後進に大きな影響を与えました。今ならこのジョイ・ディヴィジョンという源流はナイン・インチ・ネイルズ(=トレント・レズナー)なんかにも引き継がれています。

 

さて、何の話やらわからなくなってきたので、これくらいで止めておきます。

次回はマンチェスターから移動してリヴァプールへ。あの曲の登場です!

 

では、I'll be back.