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ターミネーター3級審判員の反省部屋

パブリックプレッシャーを感じながら今日も走る。サッカー3級審判員の"I'll be back!"な毎日

サッカー審判員 「適性」と「対策」 ― 自分の「クセ」を知れ!中編

さて、では「クセ」とはどのようなものでしょうか?

 

前編で私はそれを「ものの捉え方や見方についての、その人特有の傾向」と言いました。それが意味するところは人が同じ事象を見たり、他の人の話を聞いたりしても全く同じように見えたり聞こえたりしているわけではないということです。

 

例えば、試合前に用具チェックを副審である(もしくは主審である)あなたが行って試合を開始したのに競技規則第4条の要件に適合していない用具や装身具があったとしたらそれは:

 

1) 競技規則の理解が不足していた(知らなかった)

2) (単純に)見落としていた

 

ということが理由に挙げられるでしょう。そして2)のようなことが起こり得るのはあなた自身のものの見方の「クセ」のせいかもしれません。それは例えば次のようなものです。

 

直感を大切にする : 客観を大切にする

自由を重視する  : 秩序を重視する

時間にルーズ   : 時間に正確

 

まず必ずしも同じ人が左側もしくは右側の特性すべてを備えているというわけではありません。また左と右に相反する特性を並べていますけど、当然その程度も人によって異なりますし、同じ人が相反する特性をもっているなんてこともあり得ます。というわけで人をある特性タイプに分類できたとしてもそれはあくまで便宜上の話で実際はもっと複合的な特性を人は持っています。そしてこの特性は良い悪いの軸で理解されるべきものでもありません。たしかにサッカー審判員が時間にルーズなのは困りものですけど、実際の特性として皆が皆、長谷部選手のように「心が整っている」わけでもありません。私などは確実に(胸張って言うことではありませんけど)時間にルーズな特性の持ち主です。ここで大切なのは、まずはこうあるべきという理想や、自分がこうありたいという願望の前に自分の今のありのままを知るということです(これが一番難しいわけですけど)。

 

とはいうものの「直感」は「秩序」より「自由」という特性との相関が高く、客観は「自由」より「秩序」との相関が高くなるように思われます。

 

例えば、さきほどの用具チェックに戻るならば、同じように選手の用具を見ていても、各部分を詳細にチェックする人もしくは常に一貫したプロセスでチェックする人もいれば、大掴みな全体像でチェックするひと、その都度チェックの方法(順番や部分など)が異なる人など様々です。このチェックの仕方ひとつとってもその人の「クセ」が表れているわけです。

 

別の例をあげれば、選手が試合中に何か発言した場合に、その内容の論理性により注意が向けられる審判員もいれば、その発言をしている選手の様子や感情について注意が向けられる審判員もいるでしょう。

 

このような例をいくつか挙げていくと多分皆さんの中には「そのような二者択一ということではなくサッカー審判員としてバランスのとれた必要な資質をすべて備えておくべし」とお思いになられる方もいるでしょう。それはごもっともなお話です。狭き門をくぐりぬけてきたエリートの代表格とも言える宇宙飛行士のように、厳しい基準で選抜されるであろうFIFAワールドカップの審判員の方々などはまさに必要な資質をすべてほぼ完ぺきなバランスで備えていらっしゃることと思います。Jリーグを担当される方々、1級審判員の方々もそうでしょう。

 

ただ(完璧な人がいないのと同様に)どんなレベルの方でもやはり「クセ」はあります。程度の差はあれ、その「クセ」を知って自分の足りない点や不得意な点を補うこと(またはより強みを増すこと)は、誰にとっても大切なことのように思います。

 

さて今回「クセ」というものを内的特性と説明しましたけれど、この見方はいわゆるビジネスにおける評価や育成で行われる適性分析とかいわゆるコンピテンシ―の概念に触発されたものです。なので(どうせもうかなり脱線しているので)今回あげた「クセ」の意味合いをより明らかにするためにも、ちょっとビジネスで使われるこれらの概念について触れておきたいと思います。

 

まずサッカー審判員をビジネスマンとして捉えるとそれは「人材」ということになります。当然、審判員全体のレベルを向上することも大事でしょうけど、将来有望(ポテンシャルが高い)と思われる人達は早め早めに2級、1級と昇格されてエリートとして特別に育成されるべきでしょう。その人材を評価する軸としてよく使われる概念がコンピテンシーというわけですけど、この概念は誤解や曲解そしてその言葉の認知のわりには理解の曖昧さを許されてきたものなので、ここで深く触れると迷宮入りします。ので、私の独断(って誰の許可も必要ないですけど)でそれはやめておいて、以下の四つの評価軸の中で軽く触れるにとどめます。

 

①.技術

②.経験

③.クセ

④.動機

 

まず①の「技術」は一般的にコンピテンシ―と言われる概念に一番近いものかもしれません。つまり「審判員として高いパフォーマンスを発揮できるための(成果を上げることができる)行動パターンとかスキル」というわけです。これらは2とともに後天的に身につくものです。評価されるときに「技術が低い(高い)」とか「経験が足りない(豊富)」とか言われると非常にわかりやすいと思います。

 

例えば「審判員の目標と重点項目」の「技術」の項目の「プロリーグ担当審判員」に求められる重点項目は:

 

「スタンダードに沿った一貫した判定や懲戒罰の基準確立、的確で積極的なアドバンテージの適用、フェアでスピーディーなサッカーを実現するためのマネージメント、競技者や監督との効果的なコミュニケーション(対立や悪質な行為の予防など)、主審と副審間の円滑なコーポレーション」

 

となっています。

 

これだけ読むと3級審判員でも同じようなことが必要に思われます。ただそれが実際に高いレベルで身に付いていて常に安定して実行できるかというと話は別です。そこにプロとアマの技術の差があり、そして経験の差があるわけです。

 

さて、そのように後天的に磨いたり蓄積していける「技術」や「経験」と対をなすようにあるのが先天的な要素である「クセ」や「動機」なのです。

 

まず先に「動機」について。実はこれが結構、審判員の行動に影響を及ぼすものとして重要と私は考えています。これは毎日の行動の中でその人が何を目指しているのか(目的としているのか)とも言い換えられます。例えば単純な分類でいくと

 

1.賞賛

2.受容

3.安全

4.達成

 

 の4つが挙げられます。

 

サッカー審判員としての1の「賞賛」タイプは、人に褒めてもらえるなら大きなリスクをとることも厭いません。例えばアドバンテージの適用の「見事さ」を褒めてもらうことに大きな喜びを感じたり、自分の走りが周りからどう見えるか、自分の判定が周りからどう見えるのかが行動の起点になります。

 

2の「受容」タイプは選手からもベンチからも異議が起こらず、他の審判員とも責任を分かち合いながら試合全体が協力的に進むことを重視します。友好が行動の起点となります。

 

3の「安全」タイプはなによりも判定の正確さや論理性を重んじます。タッチラインでのアウトオブプレーの判定が事象と逆になることを「まあ、誰も気付いてないし試合全体に大きな影響はないから、次!」とは決して考えることができません。判定に当たってはどんなささいなケースでもカンではなく確証でなければ自分の判定に対して納得できません。行動の起点はおのずとリスクを最小限にする=慎重ということになります。

 

4の「達成」のタイプはあいまいなプロセスでよしとはせず、目標に掲げた結果を求めます。率先して課題にチャレンジしたり判定において主導権をとろうとします。他の審判員より自分が優れているとの評価結果を得ることやつねに上を目指してより上級の審判員になることなど、成果達成が行動の起点となります。

 

とまあ(この分類はあくまで一例ですけど)このようなことが「動機」と呼ばれるものです。

 

 

で、いよいよクセですけど、これこそまさに生まれ持った資質で、用具チエックの時にも触れたように事象を「直感的に捉えてしまう」タイプなのか「分析的に捉えてしまう」タイプなのか「物事を抽象概念に還元したり大づかみに捉えることが得意」なタイプなのか「細部にいたるまで正確に捉えることが得意」なタイプなのかのようなことです。

 

もちろん直感から分析的へと訓練で変えていく、もしくは両方の特性を磨いていくことは可能です。でもやはり先天的な傾向は根強くまさに松岡修造センセイも言っているように「性格は変えられない(でも心は変えられる)」ってやつですね。

 

さて「クセ」ついてもう少しばかり、実際の審判業務に即して見て行って、その「クセ」をどうやって自分で知るのか、そしてそれをどう審判活動に活かしていくのか書ききりたいのですけど・・・次回後編でどこまで迫れるか・・・(この徹底性(=丁寧にやりとげる意欲)の低さが私の特性(弱点)です)。

 

では、I'll be back.