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ターミネーター3級審判員の反省部屋

パブリックプレッシャーを感じながら今日も走る。サッカー3級審判員の"I'll be back!"な毎日

主審の判定スキルが飛躍的に向上するの術(・・・かもしれない)

3級審判員の私達の場合、1級審判員の方々と組んで試合を担当させて頂くことはありませんけど、2級の方やより上級を目指す3級の方々と組む機会は頂きます。やはり上級の方とご一緒させていただくと色々な意味でとても勉強になります(お叱りをいただくことももちろんあります・・・汗)。

 

さて、そんな中で主審として判定スキルを磨くためのヒントがあります。

 

「ファウルがとれていなかったよ」とか「あのプレー見えてた?」とか「争点から離れていたね」とかのご指摘いただく原因は何度も記事化しているように「ちゃんと走れていない」という基本のキが出来ていない、もしくは「ポジションが良くない」ということもありますけど、もうひとつの原因は「何を見るべきかがわかっていない(もしくは「なんとなく見ている」)」ということも挙げられます。

 

ここで、いきなりですけどフランスの哲学者ミシェル・フーコーがその著書「言葉と物」で述べていることをちょっと長いですけど(しかも分かり辛い!)そのまま以下に引用してみます。

 

「物と語はきわめて厳密に交錯している。自然は名称の格子をとおしてしかあたえられない。そして、そのような名がなければ無言で目に見えぬままにとどまるはずの自然は、自然を知にたいして提供し、それを言語によってすみずみまで貫通されたかたちでしか目に見えるものとしない、この基盤目の彼方にたえず現存しながら、それらの名のはるか背後できらめいているのだ。」

 

この文章の私の勝手な解釈は「人は網膜に映っているもの全てをそのまま知覚することは出来ない。ひとつひとつのものを言葉に置き換えること(=例えば物に名前を付けるとか)で知覚できている」ということです。

 

これは決して言葉が万能で見えているものすべてを言葉に置き換えることで把握できるということではありません。試しに、今あなたがいる場所から見えるものすべてをはるか離れた場所にいる友人に電話で伝えようとしてみてください。話言葉であろうと文章であろうと網膜に映っているものすべてを言葉に置き換えるっていうのは人間には不可能(というか、それが言葉の限界でもある)だということがすぐに分かると思います。

 

一方で、不思議な感覚でもあるわけですけど、目の前にあるものが言葉に出来ないと「なんとなく見えている」けど、それが何であるかは人間には把握できないんですね。

 

これを極端に言い換えるとスイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュールが言ったといわれる「あらかじめ確定された諸概念などというものはなく、言語が現れないうちは、何一つ分明なものはない」と同義になるかと思います。

 

とまあ、恒例の「回り道」をしましたけど、主審の判定スキルというのは判定すべきことが主審自身の頭の中で明確になっているか(=きちんと言語化できているか)どうかに左右されるということです。

 

なので自分自身が出来ていないことを棚に上げて申し上げると主審として「何を見るべきか」を常に言葉にして心の中にもちながら選手の動きやボールの行方を監視することで判定のスキルが向上するのでは?・・・ということです。そして上級の方々をみると必ず複数の「何か」を、しかも同時に監視していることが分かります。

 

ここでは「複数」ということと「同時」ということが極めて大切になってきます。なぜならどんなに判定スキルの低い主審でもとりあえず「何か」を見てはいるけど、そればかりに集中して、ほかの(場合によってはもっと重要な争点かもしれない)「何か」を見落としているかもしれないからです。

 

そこで提案(?)なんですけど、主審を担当するにあたり常に同時に3つの視点(=監視すべきこと=「何か」)を(頭の中で)言葉にして持つようにしましょう。

 

なぜ3つかというと、2つまでなら割と簡単に同時に監視すべきことを挙げることができると思いますけど常に同時に3つ(それ以上でも別によいわけです)となるとちょっと考えないと挙げることが難しい場合もあるかもしれないからです。つまりこの「ちょっと考える」ということが訓練になるわけですね。

 

あとこの同時に3つの視点を持つことは、今目の前に起こっている事象だけでなく、これから起ころうとしていること(=例えば次の争点や展開)に対する視点も含まれていてもOK、というか含まれているべきでしょうね。正確にいうとこれは先を見通しておくということで視点というよりも視野の問題かもしれません。

 

ちなみに(ふたたび回り道になりますけど)ここに視点や視野の違いについて簡単に記しておきますね。

 

視座 = 誰から見るのか

視野 = どの範囲を見るのか

視点 = どこを見るのか

 

以前書いたことの繰り返しになりますけど、スタジアムにおいては観客の見え方と主審の見え方は当然違います。距離が主審より離れて高い目線で見ることができる観客にはより俯瞰的にフィールド全体を見ることができます。これでお分かりのように視野や視点を変える(広げる)ためには視座を変える(=他の人になったつもりで見てみる)ことが手っ取り早いわけですけど、主審はあくまでフィールドの中にいる必要があります。なので主審が異なる視野や視点を手に入れるためにはやはり「よりよいポジションを求めて動く」ことが必須になりますね。

 

で、今回のお話はあくまで視点に絞ります。

 

さてでは訓練として次の状況での主審としての視点(=監視すべきこと、または予測すべきこと)を3つ挙げてください。

 

① キックオフ

② 主審サイドからのコーナーキック

③ ゴール前のフリーキック

④ 守備側選手達による自陣深くでのパス回し

⑤ パントキック

 

当然その時々の試合全体の状況や時間帯またカテゴリーや選手の技術レベルによって、「同時に持つべき3つの視点」は異なるでしょう。下記に挙げるのはあくまでも一例とお考えください。

 

① 同じ選手による「2度蹴り」はないか?主審サイドのタッチライン寄りにいる競技者によるインプレー前の相手ハーフへの侵入はないか?キックオフ側でないチームの競技者によるインプレー前のセンターサークル内への侵入はないか?

 

② ボールはコーナーエリア内で静止した状態で置かれているか?ゴール前の競技者が腕や手などを使って相手競技者を押さえてないか?クイックスタートによるショートコーナーなどの戦術の邪魔に(主審のポジションが)なってないか?

 

③ (クイックスタートもあると意識して)相手競技者の位置や動作はどのような状態か?壁の中での小競り合いの状況は?ボールがインターセプトされたり、ゴールキーパーによってキャッチされ前線に素早く送られた場合にカウンター攻撃にかかわりそうな競技者の位置や人数は?

 

④ ボールを大きく前に蹴り出しそうな予備動作は始まっているのか?ボールの供給を受けそうな攻撃側競技者の位置や動きはどのような状況か?パスが行きそうな攻撃側競技者と守備側競技者の競り合いが始まっていないか?

 

⑤ ゴールキーパーによる(ペナルティエリアの外にボールを持ったまま出てしまう)ハンドはないか?ゴールキーパーが6秒ルールに抵触するような恐れはないか?ボールの落下地点でのプレーの優先権はどちらの競技者にありそうか?

 

こうやって書いてみると3つじゃ足りないですね。あと重要なのはこの3つを順番に監視するということではなくあくまで「同時に」監視することが肝要です。例えば②の主審サイドからのコーナーキックの場合、私なんかはボールがコーナーエリア内に置かれてるのを確認してゴール前でのインプレー前の選手の競り合いに再び目を向けて・・・となりますけど、これではボールが正しくセットされているかどうか?ばかりに意識が集中していて、この隙に何か懲戒罰になるような行為、もしくは注意を与えるべき行為があっても主審は見ていなかった・・・となってしまいます。この場合例えばあくまでもゴール前の競技者に目を向けながら主審サイドのコーナーエリアにバックステップで近づきながら首を左に振ってボールのセットを監視するという方法もあります。要は「視点を同時に複数」をということです。

 

あと上記のケースにおいて多くの視点が簡単に挙げられる場合とそうでない場合があると思います。そうでない場合にその人にとっての機会点が多くあると考えられますね。

 

というわけで「同時複数視点」というキーワードで主審の判定スキル向上について書きましたけど、これを試合全体を通じて意識し実践することが何より大切。わたしも引き続きチャレンジします!

 

では、I'll be back.